デジタル アイドル

つい先日、香港と台湾で初音ミクのコンサートが行われた模様です。
尖閣問題でもめている中、開催については心配していましたが、無事、盛況のうちに終了した様子で一安心です。

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さて、四十路の私ですが、youtubeなどで初音ミクの動画や音楽に触れて、「このムーブメントは面白いなぁ」と思っていましたし、各種楽曲の中にはお気に入りの曲もあったのですが、最近では初音ミクのコンサートBDやCDなどを購入し、自分が熱中しているのに気がついたとき、「この感情はいったいなんだろう?」と疑問に思ったのです。

冷静に考えれば「スクリーンに投影されたデジタル画像」と「デジタル合成音声の拙い歌謡」でしかない演目なのに、引き込まれてしまうのはなぜなのだろうか・・。

日本人は無機物に対して人格を与える性向があると思います。
最近では小惑星探査機の「はやぶさ」帰還に際して、あたかも機械に人格があるかのような文章に数多くふれ、
私自身も思わず涙したものです。
これは日本の宗教観、万物に神が宿ると言う「八百万の神」の考え方に根ざした感覚なのだと思います。

この日本の宗教観に、更にサブカルチャーとして発展してきた「萌え、擬人化」がラップして、ただの音声合成ソフトウェアが偶像化されて今のムーブメントになっているのだと考えます。

「初音ミク」という偶像に対して、多数の有志によるオンライン上での共有感が醸造された土台の上に、丁度タイミングよくオフラインでの偶像崇拝の為の「お祭り」としてのコンサートが行なわれ、この「お祭り」を多くの人が楽しむ様が、私を惹きつけたのでしょう。

「初音ミク」は現実世界に物体としては存在しない虚構の偶像(アイドル)です。
TV媒体などでもてはあやされる現実世界のアイドルと言われる存在も、大衆向けに構築された「虚構の偶像」であると言えるのでしょうが、両者の決定的な違いは、インタラクティブ性の有無にあると思います。

現実世界のアイドルは、市場の多数派の求める偶像のイメージに合わせて芸能事務所やプロデューサーが作り上げるものです。
しかし「初音ミク」の偶像イメージの基盤は、ネットにおいて多数のファン自らが作り上げたものであり、更にはちょっとした知識があれば、自分の求める偶像イメージを基盤の上に積み上げる事が可能です。

偶像をただ崇めるのではなく、自分や他人が崇める偶像イメージの一部を自分自身で構築して来たという思いが、他のファン(偶像崇拝者)との一体感をより高めているのではないでしょうか。

この様な、独特な一体感のあるコンサート会場の雰囲気のなかで、古来からの「八百万の神」に対する偶像崇拝の発現としてのお祭りでありながら、どこかSF映画を思わせる未来的な雰囲気が相まって、魅力的な空間を作り上げたのではないかと考えています。

このムーブメントが続いて、より面白いエンターテイメントへと進化してもらいたいと思いますが、あまり乱発すると逆効果になるのではないかと言う危惧も感じます。

お祭りは年に数回だからこそ、楽しみが増すのです。

美味しいものも食べ続けていれば、やがて飽きます。

乱発せず、また回を重ねる毎により美味しくする事が出来れば、このムーブメントは益々大きなうねりとなって行くのではないかと、期待しています。

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